【インタビュー特集】二十歳になるアナタへ、先輩からのメッセージ。振袖を着る前に聞きたいイイ話

小梅太夫スペシャルインタビュー「自分の好きなことを続けてみたらいかがですか。

2005年『エンタの神様』に出演し、白塗り・着物の花魁姿で演じた“小梅太夫”として大ブレイク!現在は、不動産経営の傍ら、テレビやイベントで活躍されているコウメ太夫さんにインタビューしてきました。コウメさんのお話には、ひたむきに夢を追い続ける意味や、世の流れに臨機応変に対応していく術など、人生をSURVIVEするためのヒントがたくさん詰まっています。

親父もお袋も歌舞伎が好きで、小さいうちからよく引っ張っていかれたんですよ。なんだか自然に見ていましたね。

―そもそもコウメさんって、なんで着物を着て芸をすることになったんですか?

「僕はどっちかって言うと和風より洋風が好きだったんですね。マイケル・ジャクソンが好きで、ムーン・ウォークの世界大会で2位に入ったこともあるんですよ。で、本当はそっちで行きたかったんですけど上手くいかなかったので。結局、梅沢富美男さんのところなんですけど、オーディションを受けに行ったら受かって、そこから着物を着るようになったんです。 で、どうしても舞台に出ることになるので、その時に「これを着なさい」とか、「着付けをちょっと覚えなさい」とか、そんな感じで最初は先輩の着物たたみから習ったりとか。そこで女形に22の時に入ったのかな?そこからそういう化粧を覚えたり、踊りを踊ったりというのが始まりですね。 元々、うちの親父もお袋も歌舞伎が好きで、小さいうちからよく引っ張っていかれたんですよ。いつも銀座に連れて行ってもらっては、なんだか自然に見ていましたね。親父は7歳で亡くなってしまったのですが、それまではよく連れて行かれました。親父は歌舞伎が大好きで、自分で歌舞伎の絵を描いたりしてました。また、実際自分も出ていて……歌舞伎って制度があるじゃないですか。だから、中に入って馬の役とか、そんなので出たりとか(笑)、そんなことが過去にあったみたいですよ。結局諦めて、またそっちの道の方にちょっと行ったみたいなんですけど、すぐ亡くなってしまったので……。ちょっと不思議ですよね。」

『この人は凄く縁起がいいから受かるんじゃないか?』って注目されて、それでTVに出ちゃったんですよ。。。

―19歳、二十歳の頃って一言で言うと人生におけるどんな時期でしたか?

「当時僕は芸能を目指していて、北海道の大学に行ってたんですけど……。足がちょっと速くて、運動会で1位、2位だったレベルですけど、それで『速いかなあ?』と思って入ってみたら、陸上の人がメチャクチャ速くて『ああ、僕は遅いんだ』って思って(笑)。それで、「これはもう、やめよう」、と思って、その時に「ミスター日本」ていうオーディションがあったんです。これは、高島忠夫さんと三田寛子さんだったかな?お二人で結構大きい番組をやっていたのですけど、そこで2万5318通応募があって、そのうちの1通目に僕のが届いたんです。全然何も考えずに応募したようなものなんですけど、1通目に届いたからTV局の人が来て、『この人は凄く縁起がいいから受かるんじゃないか?』って注目されて、それでTVに出ちゃったんですよ。それが二十歳の頃です。で、陸上部の先輩が『(芸能と陸上と)どっちが大事なんだ!?』と(笑)。それで僕は芸能だって言っちゃったんです。 それで、『もう、辞めよう』と思って。『別に芸能を目指すんだからもういい』っていうことで、僕は中退してしまいました。今にして思えば、陸上部だけを辞めるという選択肢もあったと思うんですけど、思い込むと僕はワーって行ってしまう方で……。結局、東京へ戻ってきて元ジャニーズ事務所にいたタレントさんの事務所でオーディションを受けて、5組まで残って最後ダメだったんですけど、でも『君、ちょっとおいでよ』って声かけてくれて。けど、芸能の仕事というかそういうのではなくて、そのうち『女の子をスカウトしてこい』とか、そういうのが始まっちゃったりして(笑)。『やっていることがなんだか全然違うなあ。お金にならないしなあ、これ』って思って、『辞めます』って。 で、そこからまたオーディションを受けてダダ落ちて、そこで入ったのが梅沢さんのところです。」

―二十歳前後……学生時代は何をされていましたか?

『やっぱり夢に向かって突っ走っているという感じですよね。自分のホントに好きなことは何なのか探して、好きなことは見つかっているんですけどそれが叶わなくて、『でも、叶えたいなあ』って頑張っている時ですね。

―エンタの神様でブレイクされた時について

初めて『エンタの神様』に出させていただいた時は、初めて芸人としてTVに出させていただいたというのが嬉しかったですね。『エンタの神様』受からなかったら、もう芸人辞めようかなぐらいな感じでしたからね。全然お客さんにも評価されない時期がずっとあって、ライブには出してもらえない、ネタを見せても「もういいよ」って。そうなっちゃうと居づらくなってマネージャーに「すいません、辞めます」って言ったんですよ。そしたら「ちょっと待って、作家さんを替えてもう1回見てもらおう」って話になって、そんなに言ってくれる人って滅多にいないから「じゃあ、もう1回行きます」って。それでネタとかを作り変えて持っていったら、ガラリと変わって………。 それがあの、『チャンチャカチャン』ですね。それでも、事務所で評価がガーって上がって、1ヶ月くらいしたら『エンタのオーディションに行くよ』って言われて、更に1ヶ月経ったら僕1人だけしか日テレに呼ばれなくて。『変なオーディションだな』と思って行ったら、何かもうズラッとディレクターさんが(笑)。 で、『君、こういうネタを作ってるよね』、『こういうのもあるよね』って言われて、『なんでこの人たち、全部知ってるんだ、気持ち悪いな』って(笑)。それで『このネタとこのネタはいいけど』みたいなことが始まって、順番とかを並び替えられて、言い方をこうしなさい、ああしなさい、と。で、『とにかく覚えてくれ』って。『明日収録するから』って。

寝ないで練習したんですけど、結局寝ないでいると脳みそが覚えられないんですね。1行も覚えられないまま本番が来ちゃって、『駄目です、1行も覚えられません』って。で、『もういいや、これで終わった、人生。もうお笑いを辞めるしかないかな』と。

そしたらその時にカンペを出してくれて(笑)。ネタは覚えていたんですけど、最初の『わたくし、狂い咲きの小梅太夫と申します。徒然なるままに書き散らした「コウメ日記」お聞きくだされ〜』っていうのがエンタの方で作ってもらったやつで、それが覚えられなかったんです。 それでネタをやったらお客さんにすごくウケるんですよね。『ああ、こういうのがウケるんだ』って自信はついたんですけど、『1回ぐらい出れてよかったなあ』なんて思って帰ろうとしたら、アナウンサーの福沢さんと女の方……そう、白石美帆さん!2人が来て急に『レギュラーおめでとうございます!』って。聞き間違えたかと思ってたら、マネージャーさんからも『レギュラーになったんだぞ』って言われて

小梅太夫
1週間くらい信じられなかったですよね。次の週また行って、また収録が確かにあったんで、『あ、これは聞き間違いではなかったんだ』と(笑)。それから毎週毎週行くようになって、良かったなあと思いましたね。

―まさに「エンタの神様」がコウメさんにとってのターニングポイントだったんですね。

ホントにそうですね。僕にとってはホントにあれこそが神様が来たようなもんですね(笑)。 そういえば……僕、当時番組を見てて……波田陽区さんいたじゃないですか。彼が着物を着て、ああいう感じで……『残念!』ってやってたじゃないですか。それで『これだったら女形はまだいないな、女形でちょっとやってみようかな』と。やっぱり出たかったので、オーディションとかも前から送っていて、絶対たくさん応募が来るからそれに負けちゃいけない、と。もう事務所もないし、だから思い切ってやってみようかなと。そうしたら、プロデューサーの方から電話がかかってきたのかな。それで『今度のライブはどこでやるんですか?』って聞かれて……当時僕は、浅草の大正館の小ホールでよくライブをやってたんですけど、そこにスタッフさんが来て撮ってたり、なんてことがありました。

―コウメさんてもしかすると、普通の人よりも分析力が高いんじゃないですか?

どうでしょうねえ。でも、『他が入り込む前に行っとかなくちゃ』みたいなのはあると思うんですけど。

―コウメさんは不動産投資もやられていたと思うんですけど、その時も分析力が役にたったんじゃないですか?

小梅太夫インタビュー

分析ってほどじゃないと思うんですけど(笑)。結局、僕も家庭を持って、それで子どももできて、仕事がガンと減りますよね。貯金だけを見てても減る一方だし、確かに仕事ってなくて、これは1回落ちちゃったらこれでもう、芸能にいることすら難しいんだなって……。 それでちょうど仕事がなくなっちゃって子供ができて、『これはいつか生活費もなくなっちゃうな』と。そう思ったら『お金があるうちに子供のために、家族のために、一つ財産を作っちゃおう』みたいな。でも僕は料理も特に好きではないし自分でなにか開いてやるっていうのも難しくて……『潰しちゃうんじゃないかなあ』ってやっぱり思うので。アパート経営とかだったら、人は家に住むから……衣食住の一つだから、これは特別に働くっていうのもないし、「じゃあ、1つ土地付きでも買って、何かあった時には売っちゃえばいいかな、それで1つ財産を増やしてしまおう」っていうことですよね。その貯金がなくなる前に。 物件も僕はそんなに見に行ってないんですよね。5、6件しか見に行ってなくて、結局場所は椎名町なんですけど、そこを見た時にピンときて。駅からすごい近いし、見た目もすっきり……で『ああ、もうこれは絶対いいわ』と思って不動産屋さんに『ここに絶対決めたいです』って連絡を入れたら、もう既に3人『買いたい』っていう人が来てるというので、『どうやったら競争に勝てるんですか?』って聞いたんです(笑)。そうしたら『投資を多く入れたら買えます。』と。『頭金を多く、とにかく先に入れた人に決めます。』って言ったので、大体金額を聞いて、その人たち以上のものを払おうと思って、それでやったら買えました。

―では、タイムマシンで過去に行って二十歳の自分に会えるとしたら……何を伝えたいですか?

二十歳の時、こんなになると思ってなかったですからねぇ(笑)。凹むんじゃないかなあ。 『芸能で、ずっと君はやってるけど、芸能の道に一応入る、一応行くから……。一旦はね(笑)。けど、そんなもんよ。そんなもんだから、どうする?』みたいな(笑)。『一応辞めないで続けてみれば、いいこともあるかもしれないよ』ぐらいですね。『辞めたきゃ辞めてもいいし、でもやっといた方がいいんじゃないの、ねえ?じゃ、バイバイ!』みたいな(笑)。実際、やってきて今があるとは思うのでそれは伝えたいし、振り返ってみても僕は普通に勤めに行ったって、もう絶対に務まらないですから、これで良かったんじゃないのって今は思ってますけど。

―では最後に、これから成人を迎える10代の女の子にメッセージを頂きたいんですけど。彼女たちは「やりたいことが見つからない」とか、「彼氏ができない」とか、色々悩んだり考えたりしているんですけど、その人たちにコウメさんだから言えるメッセージをお願いします。

小梅太夫握手

自分が一番好きなことって何なのか、ってことですね。その自分の一番好きなことを集中してやってみたら、そこからなにか見えてくるんじゃないかなっていうこと。最初、僕はマイケル・ジャクソンが好きで、歌が好きで、ダンスが好きでやってきて、結局は歌っていうよりは踊ってますけど。こんな形になっちゃうとは思わなかったんですけどね(笑)。好きだったら、その道の中に入って続けていくことによって色々壁に当たるので、そこでどう変化していくかってことになるはずだと思うんですよ。

上手く、スーッと夢が叶っちゃう人もいるでしょうけど、僕は逆にそんな人は滅多にいないと思うんで。『とにかくその中に入って、自分の好きなことを続けてみたらいかがですか。』って伝えたいですね。続けることがやっぱり大事だと思います。"
【コウメ太夫所属事務所プロフィールページ】
http://www.sma.co.jp/artist/profile/index/105/
【コウメ太夫オフィシャルブログ】
http://ameblo.jp/koume-dayu/
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小梅太夫

小梅太夫東京都生まれ。 2005年『エンタの神様』に出演し、白塗り・着物の花魁姿で演じた“小梅太夫”として大ブレイク!現在は、不動産経営の傍ら、テレビやイベントで活躍している。

小梅太夫(お笑い芸人)
【インタビュー特集】大人になるアナタへ、先輩からのメッセージ。振袖を着る前に聞きたいイイ話